M log
公平ではないこと
悲しくなってしまう出来事を聞いたから悲しくなってしまったのではなく。


その言葉以上に悲しんでいるであろう、気落ちしているであろうことが容易に想像できるだけに心ぐるしく。

不運がめぐり合わさってしまったことを誰に当たる事も出来ずに抱え込んでいるだろうことも想像でき。

結局
私には傍観することしか出来ず。
何も出来ず。

自分だけが呑気な毎日を送れていればいいのか・・・。

夢物語だと言われても
世間に顔向け出来ないような事はしていない人間の、真面目に努力をしている事に対する何らかの報いがあって欲しい。

私にもっともっと力があって、何かの形で不安要素を補う事ができればいいのに。

私はとてつもなく無力。




朝からツェッペリンで遊ぶ。
夫婦そろって、理想的な体重を大幅にオーバーしてきた為、夫は真剣な、妻はぐうたらなダイエット中。

先週一週間、運動と軽い食事制限をすることで、早くも4キロ近い減量に成功した夫。
そもそもの器となる体重が1.5倍ほど違うけれど、私にすれば2.5キロの違いは自らの体で感じられる違い。
見た目にも、顔が締まってお腹が薄くなってきたのが分かる違いは大きい。


このままぐうたらしているのが体に出てはイカン、と、毎朝体重計に乗って、メモする自己流レコーディングダイエットを始めた妻は。
今朝もやる気を加速させる夫について行かねば・・・と、夫の朝のジョギングについていこうと、サウナパンツなんぞを引っ張り出して、髪をまとめてキャップを被ったのだけれど。

今日は待ちに待ったパイオニアのKUROがやってくる日。
その配達時間は8時から12時。

その時点で朝7時。
とてもじゃないけれど、駒澤公園まで行ってランニングコースを数周回って一時間以内に帰ってくる自信は無く・・・。
あきらめますた。


せっかくやる気になったのにぃ・・・と、昨日教わってきたバレエストレッチを軽くやって。
かかとを持ってびよーんと足を上げる、あれです。
全然足は上がらないのですが、プチバレリーナ気分になり。

鬼の居ぬ間に夫の居ぬ間に 昨日やってきたB&W ツェッペリンで遊ぶ。

夫が居るときに部屋に流すと怪訝な顔をされてしまう80年代J-POPなんかを流してみたり。
チャイコフスキーのバレエ楽曲も素敵。

やっぱり大好きLove Beat Disney。

UTADA君もやっぱり○。

自分から開示する以外はiPodの中身を人に見られるのは非常に恥ずかしい。
まるでクローゼットの中を覗かれているようで。
というのも、おいおい・・・というくらいお恥ずかしい楽曲も多々入れ込んであり。
これを機にiPodの中身を見直さねば。

このスピーカーは抑え目のボリュームでも結構低音が響くので、朝は特に要注意。
ちなみに低音のコントロール等は、ツェッペリン上では出来ません。
ツェッペリンで出来るのは、ボリュームコントロールとプレイリスト内の曲を進めたり戻ったり。
プレイリストの変更も出来ません。

ツェッペリンの機能はあくまでスピーカー。
非常にシンプルに良く出来ているので、あんまりいじくり回す所がありませぬ・・・。

結構気持ちが良かったのが。
Suddenly I see / The devil wears Prada。
プラダを着た悪魔に流れているあれです。

映画冒頭の、それぞれのエディターが、髪を掻き分けながらベッドから這い出し、シャワーで目を覚まし、ランジェリーを選び、洋服のファスナーを上げて、美しいハイヒール履くシーン。
今の私には縁の無い一連の朝の動作。
会社に行く前の、唯一楽しい時間。

↑それだけの為に、社会復帰したいような気もむらむらと沸いてきますが。


今は
以前の会社の友人に会うことすら気が乗らずに、何かと理由をつけてお誘いを断ってしまう位、あの世界とは断絶されていたい気分。
意識して心の騒音となる事からは一切の関わりを絶っているので。

そうすることで
愚かしくもかつては見えていなかった輝きを新たに見つけられた事にも気が付いているので。

もしも
万が一
社会復帰をすることになったとしても、私のことを知る人の居ない場所で。



家族再認
こどもの日前夜
我が家に、父、弟が集まりました。

主人にはお掃除を担当してもらって、私はご飯担当。
先日、お土産に買ってきた沖縄限定の泡盛の古酒を父に飲ませてあげようと思っていたので、晩ご飯はばらちらしと馬刺しを用意。
ばらちらしは、五目ちらしの上に錦糸卵・穴子・烏賊・サーモン・甘エビ・鯛、そしていくら。
人が集まるときによく作る、特にテクニックも要らない手軽なメニューだけれど、なかなかおいしいのですよ。
そして、本当なら、「ご飯は全て任せて手ぶらで来て!」、と言いたい所ですが・・・、母の好意に甘えて、主人の大好物の母お手製のチャーシューと煮物などを作ってきてもらってしまいました。
ベテラン主婦ではないおいらには、量を沢山作るのは苦ではないのですが、品数をそろえるのはやっぱり大変・・・
うーん、ありがたや

いつか・・・
おもてなし料理をキチンと習って、皆に前菜・主菜・デザート・・・ともてなしてあげたいものです・・・。
いつかね。
(と、長年言い続けております。)
今はリビングのソファーでゆったりのんびりご飯を食べているのですが、今年はダイニングを改造する予定なので、きちんとしたテーブルでディナーを頂くのも夢じゃないかも

さて、
父母はお正月に来て以来。
弟は・・・何時振りだろう?
随分久しぶりに我が家へ。

弟は、男26歳、つい先日から実家を出て一人暮らしを始めたところ。
全ての面で自由になる反面、多くはないだろうお給料の中でやりくりをしてゆかなければならないし、色々とタフな部分も出てくるだろうけれど、男の子なのだし、人生で一度はそんな経験も必要では?
と、楽観的な父、我々をよそに、母は心配で、寂しくてしょうがない模様。
栄養面やら、なにやらかにやら、心配らしく、
「本当に、大丈夫・・・?ちゃんと、やっていけそう?」
と、10代の頃から親元を離れる人もいるのに、成人男性を捕まえて、相変わらずの過保護ぶりなのだけれど、何時になっても母親というのはそういうものなのでしょう。

弟への無償の親心を傍目から見ていれば、(恐らく)私へも注いでもらっている思いも、自ずから慮る事ができるというもの。
(母親には男の子の方が可愛いという話もありますが
親、家族というのは本当に有難いものです。


そんな弟は、今頃、「限界集落」へと向かっている模様。

正直に言うと。
26歳の独身男子ともなれば、ちゃらちゃらとして、どうせロクなことを考えていないのだろうなぁ・・・という偏見をもっていたのだけれど、GWに早朝から長距離バスに揺られて、限界集落を訪れるとは、なかなか渋い選択。
宿泊する場所も、そんなお金も無いので、寝袋で寝るんだそうな。
ますます渋いぞ。

恥ずかしながら、その言葉すら知らなかった「限界集落」。
定義は「 65歳以上人口比50%以上で、過疎が極端に進み、共同体として存在することが困難な集落のことを指す。冠婚葬祭や農業に関する作業などで社会的共同生活の維持が困難である。」とのこと。
そして、人口が減り続け、絶えると「消滅集落」となる・・・。
そこには、過疎化・高齢化という言葉を超え、生活に必要なサービス(インフラ・医療など)の存続すら危ぶまれている・・・、非常に厳しい現実があるよう。

彼は、東京を離れて、そこで何を感じてくるのでしょう。
もしかすると、私が思っていたよりも、見所のある骨太な人間なのかも知れず・・・姉としては意外で嬉しい発見。

そして
少し早い母の日に、今年はお金は無くとも手間をかけた小さなプレゼント。

グリーンの小さなほうが母の手に。

父は、始終上機嫌で、水のように泡盛を飲んでだいぶ酔っていたようなのだけれど・・・。
無事家まで辿り着いたかなぁ。
連れて帰る母は一苦労だったことでしょう。

・・・

沢山遊んでもらった構ってもらった、楽しい一夜が明けた早朝のぬんいちは。
P1030906.jpg

オネムです。
P1030907.jpg

また寝ちゃった。
P1030910.jpg

わんだほー
実は『クイール』とはあまり関係の無い独り言・・・・
今日は

『クイール』という盲導犬の映画をTVで放送していたので、ぬんちゃんと一緒に見ていると

P1030124.jpg
盲導犬って・・・す、すごいぬん・・・オリって、オリって、もしかしてもしかするとおバカなのかもしれないぬん・・・

映画の途中で、寝室で休んでいた主人が起きてきたのだけれど
PCばかりいじっていて、あまりクイールには関心の無い模様・・・

「大好きな犬の映画なのに珍しいなぁ・・・」と思っていたら

実はチラチラ見ていたようで・・・
ペットには付き物の、悲しいけれどやはり訪れてしまうクイールとの「別れ」のシーンで
「だから(=絶対に泣いちゃうから)見たくなかったのに
と・・・私よりも豪快に涙を流してしていて、大きな身体でセンシティブモード満開

女性の非力さと逞しさと、男性の繊細さとタフさの違いを感じる一幕
(勿論、全ての人に当てはまるものでは無いと思いますが)

それぞれに端的に言うならば弱さと強さなのだけれど、それらは全く異質のもので

違うからこそ
カップルとしての(一般的には)異性との生活って成り立ってゆくのかも知れないなぁ、と映画とは関係のない方向に考えが進み

大げさに言うならばお互いのの関係と役割、というか、人間の割と本質的な部分について考えてみたりしていた

最近
改めて色々な物事の「根本的な部分」について考える場面によく当たり、(考えたからといって正しい答えがあるものでもないんだけれど)、いくら小手先でごまかそうと、とりつくろうとしたとしても、根本的な解決が出来ない限りはその問題は存続する(もっともらしく当然のことを言っているだけですが)

いくら高価な肥料で栄養をつけてあげたとしたって
根っこの無い木に葉は茂らないし、花も咲かず、実も結ばれない

結局は、物事は成るべくして成り立っているし、起こるべくして起こる気がしてきている




さて
この映画自体は割りと淡々と語られ、動物モノに有りがちなお涙頂戴シーン満載ではなく、盲導犬として育てられたお利口で可愛いワンコと一緒に過ごした人々との静かな物語


泣かせ度合いとしては、途中途中でCMに入ってくる、『犬と私の10の約束』の方が猛烈に危険そうな感じ
(きっと、涙度☆☆☆☆☆)
彼の目は、CMを3秒見ただけで、もう真っ赤でした・・・

物凄く泣くって分かっているのに、見ちゃうんだろうなぁ・・・

決断
LOVE ACTUALLY

ラブ・アクチュアリーラブ・アクチュアリー
(2006/04/01)
ヒュー・グラント、キーラ・ナイトレイ 他

商品詳細を見る


新しいものではないけれど、目下のお気に入りのFilmの一つを流している

個人的な理由を書き出すとくどくなるが、とにかくお気に入り
米語が流れてくることに慣れてしまうと癖のあるように聞こえる英語も、流れてくる曲も大・大・大好きなのでBGMとして流していても飽きることがない
ちょっとした米国揶揄も、結構可笑しい


今は
ローズマリーの香りをつけて焼いた豚肉をつまみに、少し微妙な気もするオーストラリアのロゼを飲みながら、キーボードをたたいている


今日

暫く考えていた一つの決断を口外した


暫く白紙の時間を持つことを決断した


目に見える形でけじめをつけることにした



非常識な位、急な話の進め方をしようとしていたので、それなりの嫌らしい、厳しい対応を予想していて、私なりの武装をしていったのだけれど・・・
それを恥じるくらいの紳士的な対応に喉の奥が熱くなった
(だからといって私の決断が揺らぐわけではないのだけれど)

全くの無知で飛び込んで
多くの事を学び
多くの人に助けられて
やっとの思いで、ここまで、居続けた場所を離れることに惜別の思いが皆無な訳ではない


ただ一言、お世話になった方々に伝えることが出来るのならば・・・
『感謝』
今はそれだけだ


長い間
悶々と、釈然としない時間を過ごしてきた
そこが自分の居場所ではないと分かっていながらも決断できずにいた

今日
ある人に会うまでは非常に緊張してたのだけれど、気付くと思った以上に素直に心の内を伝えてしまっていた
「正直・・・、斑がある、そう思った。
けれど、やれば出来る能力を持っているのに、もったいないと思う」
「変な言い方だけれど、もっとアピール上手に、ずるくなればいいのに・・・」

たとえ、最後に表面上表してくれた言葉だとしても、有難かった

でも、
私には上へのアピールも、忙しそうなフリも出来なかったのだ

上手に生きるというのは、本当に難しい


何に対してもそうなのだが
愛情を持てないものに情熱を注ぐことはどうしても出来ない

そして
(まぁ、わがままなのだけれど)
情熱を注ぐことが出来ないことに時間や気持ちを割くことが苦痛以外の何物でもなくなってしまうのだ

それでも
6年という長きに渡って、色々と悩みながらも、少なからず成長させてくれた場所、胸を貸してくださった方々へのほんのわずかな恩返しとして、せめて、残された数日をきちんと過ごそうと決めた


余談だが
私は、「やれば出来たんだけれど・・・」
そういう言い訳をするのは大嫌いだ

だって、その言葉は
結局、「必死に、死ぬ気になって‘やる‘」事が出来ない自分の言い訳に過ぎないんだもの
本当に出来る人は、必死になった結果が形になっているんだもの
「だったら何でやらなかったの?本当に死んでしまうわけではないんだったら、やってみるべきだったんじゃないの?死ぬ直前まで。」
と自分に返したくなってしまうから。。。

そういう意味では
今回の決断は私としては非常に恥ずかしい形もあるのだけれど

それでも
私を決心させた理由は

「本当に守りたいものが何なのか」
「本当に私を守ってくれる人に、偽らざる笑顔で日々を過ごして欲しい」

それを考えると答えは自ずと導かれた


今まで迷いながらも歩いてきた道から外れて
私はどこに行くのだろう・・・
私はまた戻りたくなるのだろうか・・・
私は全くちがう道へ進むのだろうか

分からないけれど


今までお世話になった方々へ

ありがとうございました

実は思った以上に狭い世界で
もしかしたら
また
何処でお世話になることがあるかと存じます
そのときは
何卒よろしくお願いいたします


そして

組織に属することが無くなった、裸の私の居場所は



家族の居る我が家



何よりも
感謝しなくてはならない場所
大切な場所

健康診断にて
かなりざっくりとした健康診断が今年も行なわれた

相変わらず、採血は苦手
一応血管にささったのだけれど、あまりにも出が悪かったらしく、人の倍くらいの時間がかかり、痛いし怖い

血圧は上が100チョットの下が50チョット
脈は確か52
平均値の中では結構低い数値のようだ

身長は155.5
去年より数ミリ伸びてる!
そして予想していたとはいえ体重も伸びていて・・・この一年で大幅に飲酒量が増えたことが原因だろうなぁ
お酒、本気で控えなくちゃなぁ・・・

でもそれよりもショックだったのは
身長・体重を計測した後
「ちょっとおへその周りをはからせてくださーい」と、不意打ちのようにメジャーで計られたこと

そんなにメタボリックな身体に見えたってことなんでしょうか?
(あまりにも驚いてその意図を聞けずに帰ってきてしまいました)

血液検査等の結果がわかるのはもう少し後

去年より痛風値が上がっていたら
禁酒するぞー!


家内安全
「成功の証」とは

人から一目置かれる社会的タイトル
生活の為ではなく自由になる豊富な金銭
人が羨むモノを所有すること

も、当然、一つの成功の証だと思う


先日、主人がため息をつきながら帰宅

男性が外から帰ってきてあからさまにため息をつくような事と言えば、あまりメンタルなことではなく(本気で落ち込んでいたら、容易には声を掛けられないようなムードが漂うので)、恐らく、仕事上で信じられない破格の待遇を受けた人のことを聞いたか、凄い車を手に入れた人がいる、辺りかなぁ、とカマをかけると

「何で分かるの???」と・・・
(そりゃ分かるって・・・)

聞いてみると、友人がランボルギーニ ガヤルド を新車で購入し、ルンルン♪らしく、同じ年代(実は年下)の、同業者の友人に度肝を抜かれたことに凹んでいる模様

その車がどういう性能かは明確には分からなくても、「ランボルギーニ」と聞いただけでありきたりな事ではないことぐらいは分かる
(それまで彼の乗っていたBMW Z8 だって凄かったと思うのだが・・・)

その彼の驚くところは、極堅気で、別に車だけに全てを注いでいるというわけではないところ

本人が某私立を小学校から大学までエスカレートで卒業した御坊ちゃまで
都心の不動産価格の急上昇の中でも、人が(もしくは、人によっては)憧れるエリアの100平米超の超億ションにお住まいで
美しく聡明な奥様は良家のお嬢様で
数年前には可愛い息子に恵まれて
実はオタクで
ランボルギーニ ガヤルドはあくまでも自分の玩具であり、妻子用のファミリーカーは又別にある・・・

明らかに人も羨む生活、だと思うし、「そうは言っても内側で何があるかは当人達しか分からないこと」等と意地悪な妙な深読みをするではなく、ごく普通にもの凄く羨ましいぞーーー!!!
いいなぁ・・・
(そんな素敵な環境でいられる奥様・・・羨ましい)

とはいえ、我が家は・・・

奥さん(おいらのこと)は、何時まで経ってもしがない下っ端のOLだし
両親の苦労を見て育っていて、お嬢様とかではありえないし
オンでもオフでも主人の助け無しではやっていけないし

ぬんたはチワワとしては胴も、鼻も長いし
本当は20数万円だったのに、仔犬としてはちょっと大きくなってしまってディスカウントになっていた所を我が家にもらわれて来たし(でも滅茶苦茶、誰にも負けずに可愛がっているけれど)
親の教育が間違ったのか、物凄い甘えん坊で何もしないし


出来すぎた家庭を羨ましがるのもおこがましいくらいだよね・・・ありえないよね・・・

TVを見ながらそんな話をしていた所で
「何か、今、切に願うことを心に思い浮かべて見てください」
というTVのアナウンスがあったところで聞いてみた

「今、何を願う・・・? ガヤルドを超える車を手に入れてやる!、それを超える成功をものにしてやる!ってこと?」


返ってきた答えは


「家内安全。ぬんとMが幸せで、元気でいること」


予想外なだけに凄く嬉しく・・・

そういう
普通に幸せを願う心を忘れないでいて欲しい

もちろん、凄い友人の話に刺激されることは、悪いことではないし

今でも頑張っているのは分かっているけれどこれからも頑張って欲しいし

少し上を見ながら、いつも前を見て頑張ってほしい

上を見ればきりが無く
下を覗き込めば限りなく深いので

もちろん、
あくまでも、
「家内安全」が大前提の話です

まぁ
自分がもっともっと頑張らないと、なのですが

ちいさな溜息
私は英語が苦手

11時ごろから
ふとNHK教育チャンネルの英語会話番組を見ていた
地道に続ければ効果があるはずと分かっていても強制力がないので続かないのだが、久しぶりに見てみると、学生の頃に比べれば、大分理解できる(その頃より後退していたらまずいのだが)、というのは自分にとってはすごい進歩なのだが

今は英語には苦労をしていない家人には失笑され、ちょっと悲しい

出来る人間には分からない思いがあるんだぬん・・・


****************

こういう場で
たまには思いのたけを吐き出せたら、と思うが
現実にはそうもいかない

自分の見栄や抑制もあるし

ある程度自分の素性・属性を知る人が見ている可能性があり

赤裸々に語るのは恥ずかしいし、面倒なことになる場合もあって


真実がどこにあるのか
ちょっと分からなくなったりもする

例えば
自分が壊れそうで耐えられそうも無くなったとき
本当の自分が吐き出せる場所があったらいいなぁ
と思ったりするが・・・

人は

そういう時にどうしているのだろう
そんな場所をもっているのだろうか

隠しているだけなのか
考えもしないのか

分からない

ふと
ちいさな溜息が出る





「“余命1カ月の花嫁”〜乳がんと闘った24歳・最後のメッセージ〜」
あんまりTVを良く見るほうではないと思うのだけれど

特に、いかにも泣かせる番組は、つい自分だったら、等と考えてしまい必要以上に辛くなってしまうので避けているのだけれど

最後まで見てしまったのは、この番組の主人公の彼女の結婚式をあげた場所が、つい一ヶ月ほど前に、主人の部下の結婚式で伺った場所だったから
当日のよく晴れた空の色までそっくりだった

物語は
母を数年前にがんで亡くした父独り娘独りの二人きりの家族に、更に娘を乳がんが襲うというありえないくらいの悲劇
健気に病魔と戦いつつも、念願の花嫁としての笑顔を残して彼女の生命は消え、妻と娘をガンで亡くして一人残された父親の切なさと、健康であることと命の大切さを訴えるというタイトルどおりの内容だったのだけれど
TVとしての視聴率の為の演出部分を差し引いても、残されたご家族の心中を察するのも心苦しく、やっぱり見ながら号泣してしまって
ぬんたにまぶたを嘗め尽くされるいつものパターンだった
帰宅した主人にその話をすると、その話だけで目を赤くしていた

見ながら考えていたのは

ずるいのだけれど
愛する家族に残されて泣き暮らすのは辛すぎるので、出来れば自分を看取ってもらいたく、主人には一日でもいいので私よりも長生きして欲しいとお願いしていることや

数年前に自身の挙式の為、サレジオ教会の講和に度々通って
神父様や色々な方の、結婚や家族を持つことに向けて色々とお話を伺った事を思い出したりしていた
恥かしながら当時は、単位をとる為の一般教養の授業を受けているような感覚で聞いていたが
実は結婚した後の方がその話の重みを感じる言葉などもあり(説教くさくなりそうなので、その内容については書かないけれど)、その当時一生懸命メモを取っている方もいて、私は「偉いなぁ・・・」とテスト前にあたふたする不真面目な学生のようにぼんやりと聞いていただけなのだけれど、今、もしそのメモが目の前にあったなら、物凄く気持が引き締まる思いだろう
歩いても直ぐ近くなのだし、久しぶりにサレジオに行ってみようかな・・・

この番組のように、普通ではなかったり、人の同情や涙を誘う環境におかれたものがクローズアップされ人目を引くのは当然なのだけれど

そうでなくても

どんな二人にでも
(色々な選択・形があり、何が何でも一緒にいることが全てだとは思っていないが)
彼らにだけしか分からない出会いからそこに至るまでの物語があって
人に語るまでもないことでも、他人が侵すことが出来ない重みがあったり、大切だったりするものなのだろう

誰にでも
もちろん
私自身にも

お互いを大切に思ってお互いの幸せを望む人と結ぶ
血縁が無くても「簡単には反古に出来ない関係」
が結婚だとかパートナーだと思う
もちろん楽しいだけではなくて、普通なら目を背けたかったり、相手を嫌いになる位にうんざりしたり、逃げ出したかったりする時も在る中で、相手がもしくは自分がどういう行動をするのかによって
その時にやっぱり信じられる人だと思えるか否か分かったり
言うだけなら簡単な「誠実」や「真っ直ぐさ」が本物かどうかが見えたりする

過去・現在・未来
・・・色々と考えてしまった

今、私にとって血の繋がりがなくても確かに信用しているのは
主人とぬんた
この二人(一人プラス一匹?)だけは、私を見捨てない、と信じているので

あたりまえ・・・か
活動的な日曜日
前夜の食べすぎにちょっと罪悪感を感じ

朝一番から多分2Weeksで4日目くらいのビリーズブートキャンプ ベーシック
このままだと一週間で体が変わる、どころか4枚目のDVDにたどり着くまで何ヶ月かかることやら
でもなにもしないよりはマシ、と言い聞かせて頑張る
初めて酔って居ない状態でやってみるがやはりこのハイテンションが可笑しくて結構辛いのだけれど笑ってしまう
秘密のウエアでしっかり汗をかき、最後は手をつなぎ、お決まりの笑顔で’Victory!!’で55分のキャンプ終了

朝から体を動かして爽快なような、日曜の早朝からラジオ体操やっている老夫婦のような・・・微妙な気分になり、シャワーを浴びて携帯電話を買い換えに出かける

一時帰宅し、新しい玩具をいじって、一休みして美容室へ

前回、かなりしっかり目のカールが出るようにかけたデジタルパーマも飽きていたし、指どおりが滑らかな髪に戻りたくなっていた
かれこれ8年ほど通っている美容師さんなので好きな系統も嫌なことも分かってくれていて
今は、髪を切りたいというよりはシルエット・ラインを変えてあまり凝っていない「素」の髪に戻りたい、という要望をちゃんと分かってくれて適えてくれるのは長年の付き合いのなせる業
全体的にはAラインのシルエットを目指すことにして、この一年程ぷっつりとそろえていた前髪を横に流して久々におでこが覗くようになり、ちょっと大人びた雰囲気に(というかもう実際に十分すぎるくらい大人なのだが・・・)
一番長いところでは腰くらいまであった髪の毛を10センチ位カットして背中の真ん中より上くらいの長さになり、パーマでやや痛んでいたところを切り去ったあとにはさらさら
「やっぱり切ってもらう者と切ってくれる人の思いが相思相愛だといいよね」とお互いに変な親近感を覚えて、切りたてのつるつるした髪の毛を触りながら自己満足して帰宅

自分としては結構なイメチェン(古い?)のつもりだったので嬉しくなって「どう?どう?」としつこかったらしく・・・
「ハイハイ、素敵、素敵」と主人には軽くあしらわれながらも、ダイエットを意識して、私の誕生日を目標に肉体改造をしてくれるらしい主人のために野菜が沢山採れる晩御飯を作り、かなり珍しく、ワインを飲まずに就寝

ワインを飲まずに眠れるなんて

引きこもっていたので体力低下していたのか、久しぶりに色々出歩いてそれなりに身体が疲れてくれたらしい
色々とすっきりした、比較的活動的な一日

それでも
あぁ・・・
月曜日が来るのはいやだなぁ