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あけましておめでとうございます
新年
あけましておめでとうございます

新しい一年が
笑顔と幸福で包まれますように



新年のご挨拶に
母が若い頃の着物を着て・・・





京都くろちくの竹籠
土曜日の朝の来訪者
お誕生日プレゼントを届けてくださる為だけにいらっしゃって
家に上がることもなく、「いいよ、またね」とお帰りになった

それは義理のお父さま、Cさん

主人の家では、家族のお誕生日や父の日・母の日を欠かさずにきちんとお祝いする
海外・地方に居る義理の兄家族達も必ず電話をかけてよこすし、毎年、義理の娘である私にもお年玉をくださるし、お誕生日も忘れられたことが無い
(実の親よりもきちんと覚えていてくださる位・・・)
身内だと思うと逆に甘えがでてしまったり、気安さからついないがしろになってしまったりもするのだが
お祝い事や、年中行事は、一度行わずに通り過ぎてしまうと、風化していってしまうような気がするし、出来そうで、出来ないことなので、見習わなくては

包みを開けてみるまで中身が何か検討も付かなかったのだけれど
それは「京都くろちく」の竹籠

きっと 近頃「着物、着物」とばかり言っていたからだと思われ
とても嬉しい
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内側は朝顔のプリントの布張り
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今年の夏のお祭りには
浴衣を着てこの竹籠を持ってお出かけしよう

ぬんたを連れて
八幡へお参りに行って
お父様とお母様に会いに行こう

きものがたり
最近、公共交通機関を利用する際に持ち歩いているのは
「きものがたり」
樋口可南子さんが被写体の「きものまわり」ではなくて宮尾登美子著の文庫本判

着物が着てみたい、と思い始めたのは社会人になって初めての初詣に着物でお出かけしたい、とういう単純な理由だったが、その頃は母親のウールの着物をお正月に来てお出かけしてみたり、浴衣を買う程度で、正絹の着物を自分で手にすることが出来るとは思っていなかった
その頃から林真理子のエッセイ「着物の喜び」を読み倒し、今は角が擦り切れてるが、着物の着の字も分からぬ初心者にもとっつきやすくて読みやすいこの本が好きで、今も良く手にとる

さて
言わずと知れた名著「きものがたり」を今になってはじめて手にしたのだが、一月から十二月まで着物を通じたテーマにそって語られる着物語は通り一遍の知識集でなくて、着物に対する愛情を感じてあたたかい
いかにも女性の語り口、という一流の作家の文面を追うのは久しぶりだ
何といえばいいのだろう・・・
彼女の葛篭の中は、確かに素晴らしい着物の数々なのだが、それをただひけらかすのではなく、着物で生活することが極当たり前だった幼いころから、名を成した今に至るまでの着物にまつわる話を、(私の好きな言葉なのだけれど)けれんみがなくて、難しくなくて安定した文章で読ませてくれる
あぁ、さすがだなぁ、と感じ入る
豊富な写真も目の保養
何度も読み返しているが、どの月から読み始めても興味深く、着物を通じた家族・知人の話には時に胸を打たれる


今日も
仕事を一目散に切り上げて帰ってきた
心待ちにしていた包みが届くことになっていた
きっと今日辺り宅配BOXに預けられているかと思い覗くと入ってはおらず、少しがっかりしていた所に、一箱のダンボール箱が届けられた
平日は仕事の帰りが遅いのを知っていた母が敢えて一番遅い時間を指定していくれていたのだった

見た目は大きくないがずっしりと重い箱には7年前に亡くなった叔母の着物が
着物はいかんせん嵩ばるし、福島の祖母の家に置いてあったのだが、何時までも窮屈な場所に仕舞っておくのはどうかと、ひとまず預かるという名目で送ってもらった

彼女は正確には祖母の末の妹、私の母から見ての叔母なのだが、生涯独身で子供の居なかった麻子叔母ちゃんは母と私をかわいがってくれた

正直
ここのところ、あこがれていた着物が俄然身近になってきたように思えた私は、日本舞踊を踊れて着物が好きだった叔母の持ち物に興味津々であり、どんな着物をもっていたのかすごく見てみたくなったのだ

「お誂え”W”様」と書かれたたとう紙を紐解くと、折り目正しく畳まれ、傷やシミなどもほとんど見当たらず、亡き叔母がとても大切に扱ってきた事が良く分かる
形見分けとして母が譲り受けていた着物は、今の私に似合うかどうかは別としてどれもとても趣味が良く素敵なもので、生前、「あぁ、Mはきっと着物が似合うよ、それも織りよりも染めの着物がいいね。これなんていいじゃないの」とかけさせてくれた着物も含まれていた

全てのたとう紙を開き終わり、軽い興奮に包まれた後、私は自分を恥じた

恐らく、然程贅沢ではない独り住まいをしていた叔母が長い間をかけてこつこつと誂えた着物を興味本位で手にし、軽く品定めをした様な気分になった
なんと下衆なことだろう

「麻子叔母ちゃん
この着物にはどの帯を合わせようと思っていたの?
どんな風に着ていたの?」
持ち主の元からばらばらになってしまった着物や帯を広げながら、問いかけたくなるがその主はもういない
今、母や叔母とあれやこれやとお茶でも飲みながら語れたらどんなに楽しかっただろう、と思い、言いようの無い切なさで喉が詰まった
いくら高価なものであっても自分で手に入れたものなら汚してしまおうが、傷つけてしまおうが自分ががっかりするだけで済むのだが、優しかった叔母が大事にしていた着物をそう気軽にも扱えない
かといって、仕舞っておいても仕方ないのだが・・・


毎夏、欠かさずに故人のお墓参りにいくという人がいる
忙殺される毎日の中で、頭に有りながらも時間を割けずに過ぎてしまうことも多い中、精神的にも辛くて重たいことをずっと続けている、という
今年も、きっと蝋燭がとろけるような猛暑の中、行かれるのだろう

不義理な私も今年は叔母の墓前に手を合わせたい


女性特有の感情かもしれないが
全く見ず知らずの人の高価なアンティークの着物も素晴らしいが、肉親の着物は濃く深く絆を感じさせてくれる

私が叔母の着物に袖を通して、彼女が目を細めて喜んでくれる顔が見たかった
この先も
この着物達に触れる度に叔母を思い出すのだろう

それは
色々と思い出すこともあり寂しくも有るのだが、決して嫌な感情ではない









長夜のなぐさめ
終に
愛用していたPCが逝ってしまった

その日は数時間前から非常にムーディーで不安定で、なだめすかしていたのだが、熱を上げていた私のオークションサーフィンに嫌気がさしたのだろうか
ちょっとしたストライキなら、早くご機嫌を直して欲しいのだけれど、どうやらマザーボード?基盤から動いていないようで、修理を見積もってもらうとメーカー持込で5-6万円かかるかも、とのこと
追い討ちをかけるように告げられた「中に残されたメモリーも取り出せないかも」という無情な言葉に泣きたくなった
バックアップを取っておくことの大切さは理解していたものの、ぬんたの写真も音楽もその他諸々、そのなかにしか存在しないものも多く・・・金銭的にも精神的にも悩ましくて落胆大きい

引きこもりの心の友だったのに
私を置いて
しかも大切な物を沢山かかえたまま逝ってしまうなんて

もしかすると、もう目覚めないかもしれなくても
もしかしたら、無駄な期待なのかもしれないけど
大切な思い出や記憶が入った宝箱の様で
手放せそうにない


ここのところの手持ち無沙汰な夜のなぐさめはこの2冊

『レッスン』とあるように、アンティーク着物のコーディネートや小物の合わせ方などが初心者の私にも分かりやすくて読んでいて楽しい
着物や帯もいかにも懐古調のものから昭和モダンなものまで含まれていて、どれもこれも、とても思いつかなかった様な色合わせのスタイリングも、どぎつくならずに女の子らしさを残して可愛らしい
昔きもののレッスン十二か月 昔きもののレッスン十二か月
弓岡 勝美 (2003/10)
平凡社

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こちらも昔きもののなのだけれど、その当時の『モダン』なものに焦点が当てられていて、お召しと銘仙の特集等、粋で大胆なスタイリングが多く、昔きものの夏物特集がはいっているのもこれからの季節、ゆかた以外にピンとこなくて、かといって「美しいきもの」のような高級奥方着物には手が出せない私は、どうしたものか・・・と頭をかしげていたので、大人の昔きものもいいものだなぁ、と嬉しくなる
「別冊太陽」に流れるちょっとマニアックな雰囲気も好き
骨董をたのしむ (48)  昔きものの着こなし 骨董をたのしむ (48)  昔きものの着こなし
(2003/03)
平凡社

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それでも、慰められきれずに
仕舞われた記憶がふと目をさまさないかと
ちらりとPCに目をむけてみたりするが・・・

閉じられた瞳は今日もひらかない・・・
お着物はじめ
小さいころから着物が好きだった
七五三や成人式や浴衣等、限られた機会にしか身につけることが無いとしても、着物を綺麗に着られる大人になりたいと思っていた

しかし、馴染みの店があるわけでもなし
実家の桐箪笥にめくるめく豪華な着物がしまわれているわけでもなし
呉服屋さんで自分好みに誂えるのは20代のころからの夢だが、敷居が高すぎて、自分の着物を持つのはいつになることやら・・・などと、とても遠い存在だったのだが、先日の京都旅行で、突破口が開かれて以来、思いのほか身近なものであることに気付く

思わぬ扉を開いてくれた、京都での着物選び
長い時間親切にお付き合いくださったお店の方々に感謝していて、京都に行く際には必ず立ち寄りたいお店の一つになった

そして’他人と競り合うなんて’と倦厭していたインターネットオークションがこんなに楽しいとは

今ではなかなか見つからない色柄や風合いのアンティークで状態の良いものには当然高値が付くし、今ブームになっている紬もしかり
だがそれはあくまでプレミアムの部分であって、着物や宝石など趣味の物は、一度お店から出てしまうと吃驚する程、一般的な価値は下がってしまう

注目度が低いオークションなどでは、当初誂えた本人からすれば、二束三文のような値段で取引完了するものも
ユニクロオンラインショッピングをする様な感覚で手にできてしまうものもあるから、物凄く気軽なのだ

気軽とはいえ、自分の趣味、似合いそうな物が分からないうちになんとなく手を出したものには失敗だったかも、と思うものも

先日’着ていないから・・・’と可愛い帯を譲っていただき、その方々を招いて食事をする際に、’これはお見せしなくては’と着てみたのだが・・・
光沢のある白地に小さなお花がパステルカラーで刺繍された帯は何とも可愛く、その花の中の一色をとって、グレーがかった藤色の色無地と合わせて、帯揚げはパステルオレンジで、帯締めはラベンダー色、という全体にパステル調で’(若くないけど)若奥様風’に綺麗にまとまるコーディネート、のはずだったのだが・・・

上品過ぎて、小柄で小作りな私が着ると、ちんまりとまとまりすぎてしまい、キッチンとテーブルを行ったり来たりしながらお食事やらお酒やらをデリバリーしていると気分はもう仲居さん
しかも、キッチンや水周りの作業では、知らず知らずに水滴が飛んでいるようで、気をつけていたにもかかわらず、だいぶ袖口を汚してしまい、これまた淡色の色無地は点の様なシミも目立つので、ぬんたも寝静まった夜に一人、染み抜き作業に追われる始末・・・

皆が洋服の中では着物を着ているだけで喜ばれたり、「お店に来てるみたい」(ウフどんな?)と嬉しがって下さったので、ホステス役としてはまぁ良かったのだが、数少ない手持ちの物のなかであわせたので仕方ないが、自分的には納得出来ず不完全燃焼気味
着物合わせは難しい・・・

目下のお気に入りは、一目ぼれしてオークションで競ったこのアンティークの着物
アンティーク


現物を見ないインターネットショッピングでは私の最高価格
数日間見守るうちにどんどん競りあがっていく価格と入札件数に一度はあきらめたものの、最後、見ていると、どうやら価格は上げど止まっている様子
きっと安心してらっしゃる、その時点での「現在の最高落札者」さんには申し訳なかったが、少しばかり値を上げて入札したところ見事落札

胴裏は赤モミでいかにも古着物という趣たっぷり
当然、経年による色あせやくすみは否めないが、やわらかくて軽い縮緬地に見事な染と刺繍で、見ているだけでも嬉しくなってしまう

この色合いや、夏へと向かうこれからの季節では着る機会はなさそうだが、10月の袷の時期には着られるように、この着物にあう帯を探している
いかにも大正ロマンのコスプレチックにならず、に美しくまとまる帯とは・・・
難しいのだが、それを考えながら本を読んだり探すのも、また楽しい作業

アンティークのお着物で
京都で選んできたアンティークの着物で初外出


この日はいいお天気で、なす紺とグレーを混ぜたようなやわらかものに更紗の帯は少々季節と違う気もしたのだけれど、この袷のお着物が着れるのもあと少し
この日は雨でなければこれを着てお出かけをしようと決めていた

着付けが進むうちに詰まってきてしまう衣紋を数度抜き直し
不慣れながら、本を見ながら研究・練習し、なんとか見よう見まねでひとりで結べるようになった名古屋帯
着崩れないようにきつくしめた帯締めにちょっと苦しくなり、意外に難しい帯揚げの処理に苦心しながらも、やっぱり嬉しい着物でお出かけ

やわらかな帯は締めるのは楽だがお太鼓の形が崩れやすいのが難点、かな
帯揚げは鮮やかな紫で濃紺の帯締めを締めて
着物

滑々と柔らかな絹が足元にまとわりつく感食が心地よく、ぴったりとした足袋とぽっこりとした買ったばかりのお気に入りの草履の足元を見て嬉しくなる

この日の出先は、ドラリオンを観に原宿ビッグトップへ

途中三十分の休憩を挟んだ前半後半各一時間は、正に緊張と感動の連続
幻想的なステージに鍛え抜かれた、鍛錬された四肢
柳のようにゆっくりと撓る指先やつま先、そして時には螺旋巻きのマリオネットのような動きからは、それが本当はどれだけハードに筋肉が消耗している動きなのかは殆ど感じられないほどの完成された美しさ

観ているだけで、それが常人ではどれだけありえない動きなのか想像できるだけに、全身の筋肉が、緊張で締まり安堵に緩み、やや消耗・・・

どんなことでも、才能にめぐまれ、もしくは人並みならぬ努力の結果、人に感動や喜びを与えられることは素晴しい

私に出来る一つのこと
素晴しいエンターテイナーである彼等に惜しみない拍手を